2025年がもう間もなく終わる。あの時から12年の時が過ぎて、世界は何か変わったのだろうか。
世界は二つに分かれている
二代目デ・ジ・キャラットと初代デ・ジ・キャラットは違う。
二人は姿が似ている曖昧な存在ではなく、明確な別人である。姿は似ているが、住んでる世界も活きてる物語も異なる存在なんです。
一方には、初代D.U.Pには作品があります。
世界があり、物語があり、キャラクターが活きている。それを取り巻く人の存在が多くある。その時の中で育まれた思い入れという名前の記憶がある。
これは事実です。それが今日まで至る初代様の歴史と基盤なのですから。
もう一方、二代目D.U.Pにはそれがない。初代様にあるものすべてが存在しない。
住んでる世界、活きる物語、プロフィールという自分のアイデンティティすらもない。かつてファンという人は居たのかもしれないが、12年もの間に生まれては潰えてを繰り返し、あるのは霞のような記憶の残滓にすぎないのかもしれない。存在のない者たちには墓石すらも残らない。わずかな記憶は輝く別の記憶によって上書きされ消えていく。最初から存在しなかったかのように。
これが同じ世界でしょうか。違う。
同じ世界に無理やり当てはめようとしていることによるグリッチです。それが長期間連続して発生しているので潜在したバグなんです。
端的にまとめれば、初代DUPと二代目DUPは住んでる世界も物語も別次元の話なんです。なぜなら別人だから。
両者の姿が似ていることで結果的にコンフリクトが起きているのならば、それぞれ別の世界線で存在するのが両者が最も輝ける道となります。
扉は存在する
公式は一つだけ小さな、それでも唯一決定的な設定を作りました。それが、「二代目でじこと初代でじこは別人」という設定です。これにより、二代目でじこをはじめ二代目D.U.Pには独自のもう一つの世界線が存在する可能性を示唆したのです。
そして、その世界線への扉はもう間もなく開こうとしています。
二代目D.U.Pは今どこにいるのか、どこに住んでいるのか、どんな物語なのか、どんな世界なのか。3人にまつわるキャラクターは他にどんなキャラクターがいるのか。
それを垣間見ることができる扉、第二世界線の境界が開こうとしています。
間違いなく言えるのは、二代目D.U.Pが住んでいる世界線には初代D.U.Pがいないということ。
その世界の記憶は████
(おまけ)今年一年の振り返り
今年は夏コミにこそ参加しましたが、コピー本4ページしか制作できませんでした。参加することに意味があるという意義だけ満たすことを私は自分に対して認めません。参加するのならば中途半端なものを出したくないです。
また、今年は別のプロジェクトに1年近く取り組んでいたので、ほぼ表立った活動ができませんでした。誕生日イラストも出すだけ出したという状態でした。
私は心のどこかで分かっていたのかもしれません。というより、認めたくなかったのでしょう。しかし今、私はあらためてはっきりと分かりました。
初代様の誕生日にお祝いするイラストの数で勝つことはできない。これから先も。
私はこれまで生きてきた初代様のファンと今も生まれている新しいファン、そして初代様の作品を作り基盤を形成し、歴史を積み上げてきた公式の制作陣、すべての人間に最初から敗北していたんだと。
数では勝てない。多くの人によって積み上げられた歴史には勝てない。
それを理解していても、私は勝負を止めることはできないんだと直感で分かります。この悔しさと苦しさからは逃れられないんでしょう。
この世界で自分は、初代様のファンと公式側の存在には 1mm たりとも勝てなかった。太刀打ちすらもできず、最初から勝負はついていた。
おわりに
今年はもうすぐで終わりです。次はまた別の形の楽しそうなものを作ってみましょうか。
初代様のファンがそれぞれ思い思いの形でファンアートを作っているように、二代目D.U.Pでもそれが見たかったなぁ。
夏コミは……ちょっと分からないです。
そうでした。最後に、
扉はもうすぐで開く──



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